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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)150号 判決 1996年12月24日

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

原告

日立電線株式会社

同代表者代表取締役

橋本博治

同訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

安田有三

東京都江東区木場1丁目5番1号

被告

株式会社フジクラ

(旧商号 藤倉電線株式会社)

同代表者代表取締役

加賀谷誠一

同訴訟代理人弁護士

藤本博光

同弁理士

村山勝

同訴訟復代理人弁護士

中條嘉則

鈴木正勇

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第12029号事件について平成3年4月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「光ファイバ複合架空地線」とする特許第1395875号(昭和51年8月18日出願、昭和60年9月17日出願公告、昭和62年8月24日設定登録。以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、平成元年7月13日、原告を被請求人として、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成1年審判第12029号事件として審理した結果、平成3年4月18日、「特許第1395875号発明の特許を無効とする。」との審決をなし、その謄本は、同年6月10日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、本件発明は、甲第2号証(実開昭48-30772号及び実願昭46-73724号の明細書及び図面)、甲第3号証(スイス国特許第567730号明細書及び図面)及び甲第4号証(OPTICAL FIBRE COMMUNICATION 16-18 September 1975)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により、その特許登録を無効にすべきものとする、としたものである。

4  審決の理由に対する認否

審決の理由Ⅰ(手続きの経緯・本件発明の要旨)、同Ⅱ(請求人の主張)、同Ⅲ(被請求人の主張)は認める。同Ⅳ(当審において把握する証拠内容)のうち、同Ⅳ-1(甲第2号証)、同Ⅳ-3(甲第4号証)は認めるが、同Ⅳ-2(甲第3号証)は争う。同Ⅴ(対比)のうち、請求人(被告)の主張における第1の相違点は採用しないとの判断は認めるが、その余は争う。同Ⅵ(当審の判断)、同Ⅶ(むすび)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、本件発明と甲第3号証の発明との相違点1の認定及び判断を誤り(取消事由1)、かつ、甲第3号証の発明の内容を誤認して、本件発明と甲第3号証の発明との相違点を看過し、その相違に基づく作用効果の相違をも看過して(取消事由2)、本件発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点1の認定及び判断の誤り(取消事由1)

<1> 審決は、相違点1の認定において、甲第3号証に記載のものでは、架空ケーブルが「架空線路」として用いられるものであると認定しているが、甲第3号証には、「自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)とあるように、架空ケーブルの用途を架空電線すなわち架空送電線と明示している。

審決のいう「架空線路」なる用語は一般的に用いられるものではなく、技術用語としては送電線路、配電線路、架空送電線路、地中送電線路などが一般に用いられる。そして、これら「線路」という用語を総称的に使用する場合は電力輸送のための包括した施設をいうのであって、例えば架空送電線路を総称的意味に用いるときは、発電設備で発電された電力を需要地まで輸送することを目的として構成された電力輸送のための施設ということに他ならない。

したがって、甲第3号証に示される架空ケーブルをもって、「架空線路」に用いるものと理解することは許されず、この点において、相違点1はその認定自体誤っているものというべきである。

<2> 前記のとおり甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に他ならず、相違点1は本来、光ファイバ複合架空地線と光ファイバ複合架空送電線との比較から判断されるべきところ、架空送電線と架空地線とは、その目的(機能)のみならず、使用状態、要求事項、一般的構造の面でも悉く相違しており、それぞれ異なる設計基準に基づいて設計されている。架空地線は、本来架空地線としてのみ鉄塔に直接接続され大地電位に設置された状態で架設、使用するものである。したがって、架空地線とはそのような状態で使用する目的に供するために独自に設計、製造される独自の製品であって、現時点はもとより、本件発明の出願当時においても、技術用語としての架空地線と架空送電線とは厳格に区別され、両者間の技術的相違は当業者間で極めて明確になされていた.

また、本件発明の光ファイバ複合架空地線においては、(a)定常時には電圧のかからない架空地線に光ファイバが組み込まれているため、光ファイバの引出部に格別の耐電圧対策を必要とせず、光ファイバ部分の保守にも送電をストップする必要がなく、取扱いが容易である、(b)架空地線は送電線に比べて電流容量の要求が小さいので、細径にでき、また、たるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、光ファイバの破損を生じにくいという、同複合架空送電線にはない固有の作用効果を奏するものである。

したがって、甲第3号証における光ファイバ架空線路(架空送電線)に、光ファイバ架空地線が含まれているとは到底いえない。

<3> 以上のとおりであるから、本件発明と甲第3号証の発明との相違点1について、実質的な相違とはいえないとした審決の判断は誤りである。

(2)  甲第3号証の発明内容の誤認に基づく相違点の看過等(取消事由2)

<1> 審決は、甲第3号証には、「架空ケーブルとして用いられる複数本の金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)と、該金属線材とは別の合成樹脂からなる管体を中心部に位置するように一緒に撚り合わせられ、この管体によって区画されている空間内に少なくとも一つの光導体を収納した光ファイバ複合架空ケーブル」が記載されていると認定し、本件発明と甲第3号証の発明とは、「複数本の裸金属線条と、これとは別の管が、該管が中心部に位置するように撚り合せてなり、この管によって区画されている空間内に光ファイバが収納されている」点で一致していると認定した。

しかし、甲第3号証の発明は、「中に空間を区画している管」、すなわち「中空管」と「中空管によって区画された空間」を有していない。

審決は、甲第3号証の従属特許請求の範囲には、「光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブル。」が記載されていると認定しているが、「Mantel」という用語は、甲第7号証ないし第11号証の各図面によっても明らかなとおり、中央の芯(本件では光ファイバ)に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものであるから、「外筒」ではなく、「保護被覆」と訳されるべきであって、上記部分は、「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている・・・」というように訳されるべきものである。

また、光導体は外力に弱く、傷つき易く非常に折れ易いため、保護のため合成樹脂によって芯となる光導体の周囲に該樹脂が接触するよう取り囲み被覆することが通例であるから、上記「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている」との記載をみれば、当業者は、光導体は保護のため合成樹脂によって被覆されているものと理解するのである。

さらに、甲第3号証には、「光導体は合成樹脂の保護被覆で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(訳文2頁10行、11行)と記載されているが、「保護被覆で取り囲み、機械的に支承する」との趣旨は、保護被覆が光導体に接触して取り囲んでいるということである。

一方、「中空管」あるいは「中空管によって区画された空間」は、それぞれ中実(丸棒状)の裸金属線条が多数撚り合わせられた架空ケーブルの構成中において異質なものであるから、仮に、甲第3号証の発明において「中空管」あるいは「中空管によって区画された空間」が採用されているとすれば、その構成が示され、また何のために中空管を採用するのか、その目的あるいは作用効果が記載されてしかるべきである。しかし、甲第3号証には、「中空管」の構成はもとより、任意の本数の光導体が収容されるべき「中空管によって区画された空間」もなく、またこれらを示唆する目的ないし作用効果の記載もない。

結局、甲第3号証の記載から、同号証の発明において「中空管によって区画された空間」が形成されているとみることはできない。

したがって、審決の上記一致点の認定は誤りであり、審決は、甲第3号証の発明は「中空管によって区画された空間」を有しないという相違点を看過したものである。

<2> 本件発明は、「金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されている」という構成を有することによって、甲第3号証の発明にはない、「特に光ファイバは中空管内に収容されているので、裸金属線条に対して任意の余裕をもって内蔵させることが可能であり、裸金属線条に直接光ファイバが撚り合せもしくは添設された場合のように簡単に光ファイバが破損することがなく信頼性が高い。」(甲第5号証の1第6欄8行ないし13行)という顕著な作用効果を奏するものである。

<3> 上記のとおり、審決は、本件発明と甲第3号証の発明との相違点を看過し、かつ、相違点に係る本件発明の構成による顕著な作用効果を看過したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

原告は、甲第3号証は架空ケーブルの用途が架空送電線であることを明示している旨主張するが、甲第3号証中の「高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し、電柱に一緒に懸架される」との記載は、架空電線とは別の架空ケーブルを架空電線と一緒に懸架するという趣旨であり、上記記載から当該架空ケーブルが架空送電線のみを指すものと解することはできない。

そもそも架空ケーブルなる用語は、空中に架設されるケーブル全般を指すものであり、架空地線が含まれると解することは妥当なことである。また、高電圧架空電線網においては、雷撃防御のために電柱に架空電線と一緒に架空地線が懸架されるのが一般的であり、したがって、「架空電線の布設に際し、電柱に一緒に懸架されるもの(架空ケーブル)」が架空地線であると解することも許されるはずである。さらに、甲第3号証の特許請求の範囲の記載の仕方からいっても、架空ケーブルが架空電線のみを意味するものと限定して解されるものではない。

上記のとおり、甲第3号証の発明における架空ケーブルなる用語には、架空地線が含まれているものと解される。

審決では、「架空線路」なる用語を用いているが、単に「架空ケーブル線路」の「ケーブル」を省略したもので、「架空ケーブル線路」と異なる意味で使用したものとは解されない。したがって、「架空線路」つまり、空中で架設されたケーブル線路である「架空ケーブル線路」には架空地線が含まれるとして、本件発明と甲第3号証の発明に実質的な相違点はないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

甲第3号証の発明の構成は、光導体1を合成樹脂の「Mantel」2で取り囲むものである。また、光導体1は細長い線状のものである。したがって、光導体1を取り除いた当該「Mantel」の構成は「外筒」というべき形状になっており、「Mantel」を「外筒」と訳すことに誤りはない。仮に、「Mantel」を原告主張のように「保護被覆」と訳すべきであるとしても、当該形状が「筒状」であることに変わりはなく、審決が、甲第3号証の発明において「中空管によって区画された空間」が形成されていると認定したことに誤りはない。

また、甲第3号証の発明における合成樹脂のMantelは、光導体の周囲に密着するように取り囲み被覆するものに限定されるものではない。甲第3号証には、「接触するように」取り囲みとは記載されていないし、接触するように取り囲むかどうかによって、甲第3号証の発明の作用効果に差異はない。

なお、甲第7号証ないし第11号証においてさえも、「Mantel」は、原告主張のような趣旨のものに限定して使用されていない。

原告は、本件発明が架空地線におけるものであるのに対して、甲第3号証の発明が架空送電線におけるものであるとして、架空地線であることによって生じる効果は、甲第3号証の発明によっては達成不可能であると主張しているが、甲第3号証の発明における架空ケーブルを架空送電線であると限定して解することが誤っているのである。甲第3号証の発明は架空地線として使用することもあり、したがって、原告が主張している架空地線としての効果は、甲第3号証の架空ケーブルにおいても当然生じ得るものである。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  原告は、審決が、相違点1の認定において、甲第3号証記載のものでは架空ケーブルが「架空線路」として用いられるものであるとした点を争い、相違点1の認定自体誤っている旨主張する。

「架空線路」という用語が一般的に用いられるものであるか否か明らかではないが、審決の理由中の「本件発明の属する電線の技術分野において、架空線路なる用語は、送電線として用いられる架空ケーブルと、該送電用架空ケーブルの上部に架線して雷の直撃からこれを守り、逆閃絡を防止するために用いられる架空地線の両者を指す用語として用いられていることは、従来周知である。」(甲第1号証20頁18行ないし21頁3行)との説示によれば、審決は、「架空線路」なる用語を架空送電線と架空地線を総称するものとして用いていることは明らかである。

ところで、例えば一般的に用いられる「送電線路」についていえば、発電所と変電所間、発電所相互間、変電所相互間に、電力輸送を目的として施設された一切の設備をいうものであって、「線路」という用語は、一般的には電気工作物をも含ましめるものとして用いられているものと解されるから、審決が、架空送電線と架空地線を総称するものとして、「架空線路」という用語を用いたことは相当とはいえないが、これをもって、審決を取り消すべきほどの瑕疵であるとは到底認め難い。

原告は、甲第3号証中の「自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)との記載を引用して、甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に他ならない旨主張するが、上記記載から直ちに、上記架空電線が架空送電線に限定されるものと解することはできないし、甲第3号証の特許請求の範囲Ⅱ中の「支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、」との記載によれば、特許請求の範囲Ⅱは「架空送電線」に限定しているものと解され、したがって、特許請求の範囲Ⅰは「架空送電線」に限定のない発明が記載されているものと認められるから、甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に限定されるものとは認め難い。

<2>  審決の理由によれば、審決は、架空送電線と架空地線とを総称するものとして「架空線路」なる用語を用いながら、相違点1について、実質的には、光ファイバケーブルを組み合わせる対象として架空送電線とするか架空地線とするかはその容易想到性において異なるところはないと判断しているものと解されるところ、原告は、架空送電線と架空地線とは、その目的(機能)のみならず、使用状態、要求事項、一般的構造の面でも悉く相違しており、それぞれ異なる設計基準に基づいて設計されていること、本件発明の光ファイバ複合架空地線においては、(a)定常時には電圧のかからない架空地線に光ファイバが組み込まれているため、光ファイバの引出部に格別の耐電圧対策を必要とせず、光ファイバ部分の保守にも送電をストップする必要がなく、取扱いが容易である、(b)架空地線は送電線に比べて電流容量の要求が小さいので、細径にでき、また、たるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、光ファイバの破損を生じにくいという、同複合架空送電線にはない固有の作用効果を奏するものであることを理由として、相違点1についての審決の判断の誤りを主張する。

架空送電線及び架空地線の目的(機能)、使用状態、要求事項には、それぞれそれなりの相違があるものと解されるが、構造や設計基準の点でどのように異なっているのかについての立証はなく、電力送電とは直接関係のない光通信用の光ファイバケーブルを一体に組み合わせることを当業者が容易に想到し得るか否かということを考えるについて基本的な影響を及ぼすほどの相違が、架空送電線と架空地線の各構造自体に存するものとは認められない。すなわち、光ファイバケーブルを一体に組み合わせる対象について、架空送電線とするか架空地線とするかはそれなりの得失はあるとしても、光ファイバケーブルを、一方に組み合わせることはできるが、他方に組み合わせることはできないという技術的理由を見出すことはできない。

また、本件明細書には、本件発明に係る光ファイバ複合架空地線は上記(a)及び(b)の作用効果を奏する旨記載されているが(甲第5号証の1第5欄11行ないし19行)、これらの作用効果は、光ファイバケーブルを一体に組み合わせる対象につき架空地線を採択することにより当然予測し得る程度のものと認められ、かつ、上記構成は容易に想到できたものであるから、上記作用効果をもって格別のものとすることはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

<3>  以上のとおりであって、相違点1の認定及び判断は、その説示に必ずしも適切ではない部分、やや不明確な点は存するものの、審決を取り消すべき誤りがあるとは認められず、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  甲第3号証(スイス国特許第567730号明細書)の特許請求の範囲Ⅰには、「支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」、従属特許請求の範囲には、「光導体(1)が合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブル。」、特許請求の範囲Ⅱには、「支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブルを高電圧電線に適用すること。」とそれぞれ記載されていること、詳細な説明には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している。」(訳文1頁5行ないし8行)、「本発明の目的は、重量を低減でき、特に高電圧網から妨害を受け難い、支持鎧装の内部に収容された情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルを提供することにある。」(訳文1頁17行ないし19行)、「光導体は合成樹脂からなるMantel2によって取り囲まれているのが好ましい。」(1欄35行ないし37行。訳文2頁4行、5行)、「光導体は合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(2欄6行ないし8行。訳文2頁10行、11行)と記載されていることが認められる。

<2>  原告は、「Mantel」という用語は、「外筒」ではなく「保護被覆」と訳されるべきであり、光導体は外力に弱く、傷つき易く非常に折れ易いため、保護のため合成樹脂によって芯となる光導体の周囲に該樹脂が接触するように取り囲み被覆することが通例であるから、甲第3号証中の「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている」との記載をみれば、当業者は、光導体は保護のため合成樹脂によって被覆されているものと理解するし、さらに、甲第3号証中の「光導体は合成樹脂の保護被覆で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」との記載における「保護被覆で取り囲み、機械的に支承する」との趣旨は、保護被覆が光導体に接触して取り囲んでいるということであるとして、甲第3号証の発明において「中空管によって区画された空間」が形成されているとみることはできない旨主張する。

「Mantel」は、「外装、保護被覆、覆い」などの意味をも有するものであるが(郁文堂「独和辞典」)、甲第3号証の図面に示される円筒体からなる「Mantel2」の形状からいって、「外筒」と訳された点に特に誤りがあるとは認め難い。

そして、「Mantel」という用語自体から、光導体に接触して取り囲んでいるような態様のものに限定されるものとは認め難く、保護のために光導体の周囲に合成樹脂が接触するように取り囲み被覆することが通例であることを認めるべき証拠もない。もっとも、甲第7号証(ドイツ特許公開第2539017号公報)、甲第8号証(同第2513722号公報)、甲第9号証(同第2551210号公報)、甲第10号証(同第2628069号公報)及び甲第11号証(同第2835241号公報)の各図面には、光ケーブル等に関する発明において、「Mantel」として指示されている断面円形の筒状部材と、それが取り囲んでいる部材(光ファイバ等)との間には間隙が存在しないものが図示されていることが認められるが、この事実をもって、「Mantel」という用語が、中央の芯に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものであるとまでは認められない。

さらに、甲第3号証中の「光導体は合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(2欄6行ないし8行。訳文2頁10行、11行)との記載における「機械的に信頼度の高い支承が保証される。」との文言から当然に、合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)が光導体に接触して取り囲み被覆しているものと解することもできない。

確かに、甲第3号証には、「中空管によって区画された空間」を有する構成が採用されている旨の具体的な記載はないが、上記説示したところによれば、甲第3号証の発明は、「中空管によって区画された空間」が存在する態様のものを除外しているとは認められない。

<3>  ところで、本件発明においては、「金属管によって区画されている空間」が形成されているが、それは光ファイバが収容される前の段階における「空間」を意味しているものと認められる。したがって、その「空間内」に光ファイバが収容された場合には、金属管の内壁面が光ファイバに接触して被覆する場合もあるし、そうではない場合もあり得るものと認められ、本件発明はいずれの態様をも包含しているものと認められる。

そうすると、仮に甲第3号証の発明において、合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)が保護されるべき光導体に接触して被覆しているものであるとしても、光導体(光ファイバ)に接触して被覆しているという点において本件発明と相違するところはないものというべきである。

<4>  本件明細書には、「特に光ファイバは中空管内に収容されているので、裸金属線条に対して任意の余裕をもって内蔵させることが可能であり、裸金属線条に直接光ファイバが撚り合せもしくは添設された場合のように簡単に光ファイバが破損することがなく信頼性が高い。」(甲第5号証の1第6欄8行ないし13行)と記載されているが、この作用効果は光ファイバを中空管(金属管)内に収容したことによるものであって、その点では甲第3号証の発明においても同様に奏し得るものというべく、格別顕著なものとは認め難い。

<5>  以上のとおりであって、取消事由2は理由がないものというべきである。

3  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を違法として取り消すべき事由は認められない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

理由

(手続きの経緯・本件発明の要旨)

Ⅰ.本件特許第1395875号発明(昭和51年8月18日特許出願、昭和62年8月24日設定登録。以下「本件発明」という。)の要旨は、公告決定時の明細書、図面、及びその後の昭和61年7月17日付け手続補正書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載のとおりの下記のものと認める。

「1 架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」(請求人の主張)

Ⅱ.これに対して、請求人は、証拠方法として甲第1号証ないし甲第4号証を提出し、本件発明の特許を無効とする審決を求めている。

甲第1号証 特公昭60-41403号公報(本件発明の公告公報)

甲第2号証 実開昭48-30772号および実願昭46-73724号の明細書および図面

甲第3号証 スイス国特許第567730号明細書および図面

甲第4号証 OPTICAL FIBER COMMUNICATION, “SPECTRAL LOSS PERFO RMANCES OF OPTICAL FIBER CABLES USING PLASTIC SPACER AND METAL TUBE” 16-18 September 1975 p.p.191-193)

甲第2~4号証には以下の内容が記載されている。

Ⅱ-1 甲第2号証(実開昭48-30772号明細書および図面)

「伝送併用架空地線」に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲には、

「図面に示す如く単一又は複数の導体芯線3を絶縁した絶縁芯線とそれをとりまく外部導体1とよりなり、外部導体1により電撃保護を行わしめ、導体芯線3を伝送路とした伝送併用架空地線。」と、また、その詳細な説明中には、「単に雷撃防止のみに止まらず、有効な地線作用効果と伝走路の併用が図れる」

とそれぞれ記載されている。

Ⅱ-2 甲第3号証(スイス国特許第567730号明細書および図面)

「情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブル」に関するものであり、その請求の範囲には、「1.支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」

「従属項.光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲1記載の架空ケーブル。」

「2.支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲1記載の架空ケーブルを高電圧線路に適用すること。」

と記載されている。

また、その詳細な説明中には、

「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空線路網における架空線路の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している。位相ワイヤ・架空ケーブルも同様に構成されている。この場合、高電圧エネルギーの伝達に用いられる位相ワイヤは、通信導線の金属鎧装として役立つ。」、

「鎧装は通信導線に対する妨害因子を排除するために、良導体として構成しなければならず、」、「本発明の目的は、重量を低減でき、特に高電圧線路から妨害を受け難い、支持鎧装の内部に収容された情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルを提供することにある。」、および

「添付の図面に示した実施例につき以下本発明を詳細な説明する。

図面に架空ケーブルの構造が示されている。情報伝送用の導体システムは、ケーブルコアとして少なくとも一つの光導体1から構成されている。光導体は目的に合致して、合成樹脂で作ることのできる外筒2によって取り囲まれている。その外筒の外周には、高電圧位相ワイヤとして構成することもできる鎧装3が一層または多層に設けられている。

このように構成された架空ケーブルは、電磁的妨害場の影響を受けない。この場合、支持鎧装を専ら支持機能のみを果たし、遮蔽の目的は殆んど果たさないように構成することもできる。」

と記載されている。

Ⅱ-3 甲第4号証(OPTICAL FIBER COMMUNICATION, “SPECTRAL LOSS PERFO RMANCES OF OPTICAL FIBER CABLES USING P LASTIC SPACER AND METAL TUBE” 16-18 September 1975 p.p.191-193)

この文献の論文題名は「ブラスチックのスペーサと金属管を用いた光ファイバケーブルのスペクトル損失性能」であり、スペーサ型のケーブルおよび金属管を用いたユニットケーブルのような新しいケーブル構造に関するものである。

そして、第191頁の「2.光ファイバケーブルの性能」に関して、

驚くほど小さな外力でも、光ファイバの横変形、モード結合(mode coupling)、および光の損失(optical loss)をひき起こす。1本のケーブルの各ファイバに加わる圧力はほとんど確実に強くなりかつ一様でなくなるであろう。光ファイバケーブルの製造工程でファイバーに加わる外力をなくすには2つの万法がある。その1つは外力を最適に遮断するよう設計された効果的なジャケットによるものであり、第2の方法は、やはり外力を最適に遮断するよう設計された効果的なケーブル構造によるものである。

この論文は後者の問題を扱う。

第2図は本論で提案する光ファイバケーブルの典型的な断面図2例を示す。これらの一方は数本のファイバを持つケーブルに適し、十分な力学的特性を持っている。他方はすぐれた空隙率(sp-ace factor)を持つケーブル、すなわち同じ断面内に多くのファイバを持つケーブルを実現する可能性を与える。小径の金属管に数本のファイバを入れたものが光ファイバケーブルのユニットをなし、これらケーブルユニットと充填材とが撚り合わされる。したがって、多数のファイバを有する光ファイバケーブルが、従来の撚線法によって製造することができる。

と記載されている。

Ⅱ-4 請求人の主張する理由

本件発明と、甲第2証に記載の伝送併用架空地線とを比較すると、以下の二つの相違点を有する。(第1の相違点)

両者に存在する通信伝送線が、本件発明においては「少なくとも一条の光ファイバを金属管によって区画されている空間内に収容した構成」の光通信伝送線であるのに対し、甲第2号証のものは「単一又は複数の導体芯線を絶縁体で絶縁し、外部導体と隔離した構成」の電気通信伝送線となっている点。

(第2の相違点)

本件発明においては、光通信伝送線(光ファイバ)を収容した金属管が「架空地線の中心近傍に位置するように架空地線を構成する複数本の裸金属線条と一緒に撚り合わされている構成(即ち、上記金属管が架空地線の中心から外れた点に位置している構成)」であるのに対し、甲第2号証の電気通信伝送線(絶縁芯線)は「架空地線を構成する複数本の撚り合わせた裸金属線条(外部導体)の中心に位置し、したがって、裸金属線条と一緒には撚り合わされていない構成」となっている点。(第1の相違点について)

甲第3号証には、通信伝送線となる光導体(光ファイバ)を合成樹脂外筒によって保護し、該外筒の周りに螺旋状に配置した複数本の金属線材よりなる支持鎧装(裸金属撚線)を設けてなる架空ケーブルが開示されており、甲第2号証に記載の架空地線(裸金属撚線)における電気通信伝送線(導体芯線)を、甲第3号証に記載の光ファイバに置き換える程度のことは、当業者に容易になし得ることである。

次に、通信伝送線として光ファイバを用いる場合、光ファイバの物理的性質(絶縁性はあるも、脆弱で機械的に損傷しやすいこと)から、絶縁は不要であるが、保護手段の必要性は通常の技術課題であり、本件発明では「金属管」を用いているが、甲第4号証に記載されているように光ファイバの物理的性質の弱点を保護するという課題解決の手段として金属管を使用することは、公知の技術であり、これに基づいて「金属管によって区画されている空間内に収容」して保護を図ることは当業者にとり容易になし得た程度のことである。(第2の相違点について)

通信伝送線を組み込んだ複合架空線路を構成する場合、甲第2号証及び甲第3号証における各々の通信伝送線が裸金属撚線の中心に配置されているように、外部からの機械的な悪影響を受け易い通信伝送線を高い信頼度で支承するために、なるべく架空地線(線路)の中心部近くに位置させることは、当業者が当然配慮すべき技術常識である。

そして、光通信伝送線を裸金属線条と一体に撚り合わせることは、架空線路において撚線構造がきわめて一般的な構造であるから、当業者が容易になし得た程度のことである。

上記のごとく二つの相違点については、いずれも当業者が容易になし得た程度のこと、あるいは技術常識に基づくものである。

そして、これらの相違点に基づく作用効果は、当業者が予測し難い格別顕著なものでもなく、当業者にとって容易に発明をすることができたものであるから、その特許は無効とされるべきである。

(被請求人の主張)

Ⅲ.一方、被請求人は、以下の各点については認めるも、本件発明は、甲第2号証から第4号証に記載されるものにかかわらず、特許性があるものとして、

以下のように答弁している。

Ⅲ-1 公知事項及び技術常識について

「伝送併用架空地線」が、甲第2号証にみられるごとくに本願出願前公知であること。

「通信伝送線として光ファイバーからなる光通信伝送線を用いること」、及び「光ファイバーの物理的性質の弱点を保護するという課題解決の手段として金属管を使用すること」が、いずれも公知であること。

Ⅲ-2 答弁内容

上記の各点については、確かに公知であるが、

「伝送」なる用語は「通信伝送」を含むものではあるが、甲第2号証には伝送に用いられる「導体芯線」、あるいは伝送路として使用される「導体芯線」が記載されるのみであり、この「導体芯線」を直ちに「通信伝送線」と言い換えることはできず、この甲第2号証に、「通信伝送線を中心に配置し、その周りに、定常的には電圧のかからない複数本の裸金属線条を撚り合わせて構成した通信伝送線複合の架空地線」が記載されているとはいえない。したがって、本件発明と、甲第2号証に記載の伝送併用架空地線とが、「通信伝送線を共通のものとして備えているとはいえない。

次に、本件発明における構成要件である「少なくとも一条の光ファイバーを金属管によって区画されている空間内に収容された構成」は、全体として光通信伝送線を意味しているわけではなく、そして、確かに甲第3号証には、「通信伝送線として光ファイバからなる光通信伝送線を用いること」が公知であることが記載されていても、「甲第2号証に開示の伝送併用架空地線における電気通信伝送線を光通信伝送線に置き換えて、光ファイバ複合架空地線を構成すること」を示唆する公知事実は存在しない。また、この際に根拠とされるのは本件特許公報における「裸金属線条からなる架空送電線と光ファイバとを一体に撚り合わせもしくは添設することが考えられる。」なる記載であり、これを根拠として公知事実とすることはできない。

したがって、例え、「通信伝送線を組み込んだ複合架空地線を構成する場合に、なるべく架空地線(線路)の中心部近くに位置させること」が、当業者が当然配慮すべき技術常識であったとしても、本件発明は、特許請求の範囲に記載される構成によって、光ファイバでも架空地線でもない、光ファイバ複合架空地線としての格別顕著な作用効果を奏する発明である。

(当審において把握する証拠内容)

Ⅳ.請求人の提出した甲第2号証ないし甲第4号証の記載内容を検討する。

Ⅳ-1 甲第2号証

伝送路として用いられる単一又は複数の導体芯線を絶縁体で絶縁した絶縁芯線と、それをとりまく外部導体とよりなり、外部導体が大地と接地されて電撃保護が行われる伝送併用架空地線、が記載されている。

Ⅳ-2 甲第3号証

甲第3号証には、Ⅳ-2に示されるように、その請求の範囲に、

「1.支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」

「従属項.光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲1記載の架空ケーブル。」

「2.支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲1記載の架空ケーブルを高電圧線路に適用すること。」

と記載されている。

そして、その詳細な説明中には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空線路網における架空線路の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している」、また、「鎧装は通信導線に対する妨害因子を排除するために、良導体として構成しなければならない」と記載されていることから、本件発明における架空地線と同様に架空ケーブルとして使用可能なものであり、また、支持鎧装は、光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材からなり、高電圧エネルギーの伝達に用いる際には、通信導線である光導体の金属鎧装とされるわけであり、金属線材からなる撚線構造を有するものであることが明確である。

また、光ファイバが、電線の技術分野において通信導線として用いられることは周知である。

したがって、この甲第3号証には、

架空ケーブルとして用いられる複数本の金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)と、該金属線材とは別の合成樹脂からなる管体を中心部に位置するように一緒に撚り合わせられ、この管体によって区画されている空間内に少なくとも一つの光導体を収納した光ファイバ複合架空ケーブルが記載されているものと認める。

さらに、この支持鎧装が高電圧送電線路にも用いられ得ること、およびこの支持鎧装が一層または多層に設けられていることが記載されている。

Ⅳ-3 甲第4号証

光ファイバが機械的脆弱性を有しており、これを使用するには外力を最適に遮断するように設計された効果的なケーブル構造が必要であり、これに金属管内に光ファイバを収納するようにしたものが適していること。

が記載されている。

(対比)

Ⅴ.請求人の主張においては、本件発明と、甲第2号証に記載のものとを、まず比較しているが、甲第2号証は前記Ⅳ-1に示したように、単に伝送併用架空地線が示されるのみであり、この伝送路を構成する導体芯線が通信用伝送線をただちに意味するものとは解し得ない。そして、本件発明の奏する作用効果は主に光ファイバを用いることによるものが大きいことから、この点においては、被請求人の主張は妥当である。

したがって、請求人の主張における第1の相違点は採用しない。

一方、甲第3号証に記載のものは、光導体からなる通信導線を有する光ファイバ複合架空ケーブルであり、通信に用いられる光ファイバを有する光ファイバ複合架空地線である本件発明と対比した場合に、架空ケーブル内に光ファイバを収納する複合ケーブルを得ることを目的としている点で共通しており、光ファイバの有する作用効果を用いる点において、作用効果の相当部分が共通している。

したがって、当審の対比においては本件発明と、甲第3号証とを、まず比較することとする。

甲第3号証には、Ⅳ-2で検討したように、架空ケーブルとして用いられる複数本の金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)と、該金属線材とは別の合成樹脂からなる管体を中心部に位置するように一緒に撚り合わせられ、この管体によって区画されている空間内に少なくとも一つの光導体を収納した光ファイバ複合架空ケーブルが記載されている。

そこで、本件発明と、甲第3号証に記載のものを比較すると、両者は、

架空ケーブルを構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の管とを該管が該架空ケーブルの中心部に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この管によって区画されている空間内には少なくとも一条の光ファイバが収納されていることを特徴とする光ファイバ複合架空ケーブルである点で一致し、以下の3つの点で相違している。

(相違点1)

本件発明では架空ケーブルが架空地線として使用されるものであって、これが裸金属線条を撚り合わせた構造であるのに対して、甲第3号証に記載のものでは、架空ケーブルが架空線路として用いられるものであって、これに用いられている金属鎧装が裸金属線条を撚り合わせた構造であるか定かでない点

(相違点2)

本件発明では光ファイバを収納する管体が金属管であるのに対して、甲第3号証に記載のものでは合成樹脂である点

(相違点3)

本件発明では金属管が架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせられるのに対して、甲第3号証に記載のものでは本件発明の金属管に該当する管体が架空ケーブルの中心部に位置するように一緒に撚り合わせられている点。

上記の相違点2および相違点3は、請求人の主張における第2の相違点に相当する。

(当審の判断)

Ⅵ.次ぎに、上記の各相違点について検討する。

Ⅵ-1(相違点1について)

本件発明の属する電線の技術分野において、架空線路なる用語は、送電線として用いられる架空ケーブルと、該送電用架空ケーブルの上部に架線して雷の直撃からこれを守り、逆閃絡を防止するために用いられる架空地線の両者を指す用語として用いられていることは、従来周知である。

したがって、本件発明の架空地線と、甲第3号証に記載のものにおける架空線路とは、同種の架空ケーブルを指すものであり、相違点1は実質的な相違とはいえない。本件発明においては、架空地線が送電線に比較して電流容量の要求が小さいので、細径にできたるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、収納される光ファイバの破損が生じにくい、という作用効果を奏するとされるが、同種の架空ケーブルである以上、使用される条件に応じて任意の径のものとする程度のことは、従来から必要に応じて慣用されていることであり、特に架空地線と限定したことにより、格別な作用効果を奏するものではない。

また、架空地線であれば、裸金属線条を撚り合わせた構造は、当然の付加的事項である。

Ⅵ-2(相違点2について)

甲第4号証には、光ファイバの使用に際し、その機械的脆弱性を保護するために金属管内に収納されることが公知であることが記載されている。

したがって、光ファイバを使用する前提にたてば、この光ファイバを収納する管体材質を合成樹脂に換えて金属とすることは、当業者にとり必要に応じて容易になし得た程度のことである。

Ⅵ-3(相違点3について)

架空線路の技術分野における撚線構造は、中央部に位置する線材は捩じられず、それを中心として外側の線材が撚り合わせられる(螺旋状に巻き付けられる)ものを指していることは周知である。例を掲げるとすれば、特公昭45-11931号公報等にみられる。

したがって、相違点3における実質的な相違は、本件発明においては中心部近傍で中心を含まない箇所において撚り合わせられる管体の存在が含まれているが、甲第3号証に記載されるものでは、これがひとまず含まれないことに相当する。

ところが、甲第4号証には、「小径の金属管に数本のファイバを入れたものが光ファイバケーブルのユニットをなし、これらケーブルユニットと充填材とが撚り合わされる。したがって、多数のファイバを有する光ファイバケーブルが、従来の撚線法によって製造することができる。」なる記載があることから、光ファイバを収納する管体を撚り合わせることは、本件出願前に公知である。

そして、甲第3号証に記載される光ファイバ複合架空ケーブルでは、光ファイバを収納する管体を、鎧装で形成される内部空間に位置させることで、外部からの通信導線への妨害を避けることが意図されている。

また、中心部を含まない中心部近傍の位置においても中心部と同等の作用効果が期待されることは、当業者であれば容易に想到し得ることである。

したがって、公知の光ファイバを収納する管体を撚り合わせる技術を用いて、架空ケーブルの中心部近傍の位置に光ファイバを収納する管体を位置させることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることである。

以上のとりであるから、本件発明は、甲第3号証に記載された架空線路として用いられる光ファイバ複合架空ケーブルにおける光ファイバを収納する管体として甲第4号証に記載される公知の金属管による光ファイバ保護手段を採用し、これを架空線路の一種である架空地線として用いたにすぎない。

そして、これにより、甲第3号証に記載されるものの有する光ファイバを用いたことによる作用効果と、甲第4号証に記載されるものの有する光ファイバの機械的脆弱性を克服するための構造に基づく作用効果を組み合わせたもの以上の作用効果を奏するものでもない。

(むすび)

Ⅶ.したがって、本件発明は、本件出願前に国内およびスイス国々内で頒布された引用例1ないし引用例3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により、その特許登録を無効にすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年4月18日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

平成1年審判第12029号

審決

東京都江東区木場1丁目5番1号

請求人 藤倉電線株式会社

東京都港区虎ノ門1丁目16番4号 アーバン虎ノ門ビル7階 藤本特許法律事務所

代理人弁理士 藤本博光

東京都港区虎ノ門一丁目16番4号 アーバン虎ノ門ビル7階 藤本特許法律事務所

代理人弁理士 村山勝

東京都港区虎ノ門1丁目16番4号 アーバン虎ノ門ビル7階 藤本特許法律事務所

代理人弁理士 門奈清

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

被請求人 日立電線株式会社

東京都港区西新橋1丁目6番13号 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 武顕次郎

上記当事者間の特許第1395875号発明「光フアイバ複合架空地線」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1395875号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

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